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IMO、GHG削減策の採択を1年延期へ!国際海運の脱炭素に迫る“見えない壁”

IMO、GHG削減策の採択を1年延期へ!国際海運の脱炭素に迫る“見えない壁” | イーノさんのロジラジ

2025年10月17日、イギリス・ロンドンで開催された国際海事機関(IMO)臨時海洋環境保護委員会(臨時MEPC)において、国際海運の温室効果ガス(GHG)削減に向けた中期対策である「ネット・ゼロ・フレームワーク(NZF)」の採択が1年延期されることが決まりました。

このNZFは、船舶の燃料から排出されるGHGの排出強度を規制し、同時にゼロエミッション燃料船の導入を促進する制度です。

当初は2027年3月の発効を目指していましたが、今回の決定によって少なくとも2028年3月以降に後ろ倒しとなります。

脱炭素社会を目指す世界的な流れの中で、この延期は業界全体にとって大きな一歩後退といえるでしょう。

背景にある各国の対立と政治的駆け引き

採択が延期された最大の理由は、国際的な意見の分裂です。

サウジアラビアが提案した延期案には米国・ロシア・イラン・中国など57カ国が賛成し、49カ国が反対、21カ国が棄権しました。

欧州諸国や太平洋島しょ国は即時採択を求めましたが、議場は紛糾。最終的に「強行採択すれば分裂が深まる」との懸念から、延期案が可決されました。

日本は当初、採択を推進する立場でしたが、最終的には「中立的な棄権」を選択。
「強行採択しても可決の見通しが立たず、反対国の異議で廃案になる可能性があった」と説明しています。

結果として、国際政治の力学が環境政策の進展を鈍化させる結果となりました。

海運業界に広がる投資判断の停滞

この延期の影響は実務面で極めて大きいものです。

NZFは、海運の脱炭素化を支える実行ルールとして位置付けられていました。制度の中核は以下の2点です。

  • 燃料に対するGHG排出強度の規制
  • ゼロエミ燃料船への経済的インセンティブ制度

これらが不透明になったことで、企業は投資判断を先送りせざるを得ない状況にあります。

新燃料への転換、エンジン改造、長期燃料契約、供給網の整備。いずれも巨額投資を伴うため、ルールが確定しない段階での判断はリスクが高すぎます。

結果として、新造船の発注や燃料転換計画が停滞し、業界全体の脱炭素スピードが鈍化する懸念が出ています。

「先進国 vs 新興国」構図の深まり

今回の対立は単なる技術論ではなく、各国の経済格差が背景にあります。

欧州諸国は環境規制の強化を求める一方、新興国は「技術・コスト負担の不公平」を理由に慎重姿勢を維持。

米国はNZFが燃料供給体制に与える影響を懸念し、各国に反対を呼びかけているとも報じられています。

一方でEU諸国や日本は、早期導入によって脱炭素技術の市場形成を加速させたい考えです。

共通の環境目標を掲げながらも、「誰が」「どのペースで」「どのコストを負担するか」で意見が割れ、合意形成が難航しているのが実情です。

日本の立場と今後の展開

日本は「GHG削減への方針は変わらない」と明言しています。

2050年のGHG実質ゼロ目標を維持しつつ、今回の延期を「残念な結果」としながらも、今後も国際的な対話を継続していく方針です。

ただし次回会合(1年後)でスムーズに採択される保証はなく、政治的対立が長引けば制度発効はさらに先送りとなる恐れがあります。

その場合、ゼロエミ燃料船の発注や燃料供給網整備も遅れ、市場の不透明感が一層強まるでしょう。

“時間の損失”という最大のコスト

今回の延期で最も深刻なのは、「時間の損失」です。

海運技術投資は10年単位の長期プロジェクトが多く、ルールの確定が遅れるほど実装も後ろにずれ込みます。

IMOが掲げる中間目標は以下の通りです。

  • 2030年までに2008年比で20%以上削減
  • 2040年までに70%以上削減

採択が1年遅れるだけでも、このスケジュール達成は一層難しくなります。
つまり、あとで帳尻を合わせるためには、より急激な削減努力が求められるということです。

まとめ:1年の延期を「準備の時間」に変えられるか

今回のIMOによる中期GHG対策の採択延期は、国際海運の脱炭素化に“見えないブレーキ”をかける結果となりました。

2050年の排出ゼロ目標は揺らいでいませんが、各国の足並みの乱れは課題を浮き彫りにしています。

業界としては制度発効を待つのではなく、技術開発・燃料転換・国際連携を進め、次の合意に備えることが不可欠です。

“1年の延期”を「立ち止まる時間」にするのか、それとも「準備の時間」に変えるのか。その選択が海運業界の未来を左右します。

動画視聴はこちらから